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  • 2 0 2 1

    第596号

    アトピーだけど“幸せな人生は自分で作れます”①

    大阪府 巴麻口 ミエ(36歳)

    いじめられていた幼少期

     私は3歳の頃よりアトピー性皮膚炎を患っています。幼少期の症状は顔、上半身が炎症を起こし、乾燥して、かきむしるので、肌は黒くて汚く、とくに目のまわりの症状がひどかったです。小学校では「気持ち悪い」と言われて、いじめられていました。

     病院には通院しましたが、その頃、「ステロイドは悪」という論争が繰り広げられていた時代でした。毎回大量に出されるステロイドの量に両親はびっくりして、困惑してしまったそうです。

     そして、アトピー治療で有名なお医者様がいると紹介されて受診し、環境上の指摘を受けて、ダニ対策としてベッドを購入し、布団もダニがつきにくいものに変えました。にんにくの入浴剤がいいと言われれば試してみたり、海水が良いと言われれば海水浴に行ったりしました。しかし、にんにくの入浴剤は刺激が強すぎ、海水は傷にしみたりして、かえって悪化を招いてしまいました。

    何をしてもだめな子どもと言われた学生時代

     学生時代になると、アトピーがひどくて快眠できず、しんどい日々が続きました。目の見え方がハッキリとせずいつも見えにくい感じで、何をするにも疲労感が伴い、覇気がない状態で、勉強にも身が入らず、ある時には勉強机の下の敷物に大量にダニがついている錯覚に襲われて、気が狂いそうになったこともありました。実は自分自身がものすごくかゆかったのです。

     アレルギー性鼻炎も併発し、そのほかにじんましんなどさまざまな症状に悩まされました。体育の時間に走ったりすると必ず、鼻水やかゆみの発作が起こり、しんどくなっていました。何をしても倦怠感が襲ってきました。

     それを誰かに言っても、怠けているだけだと誤解される日々が続きました。何をしてもだめな子ども…そして、家族はきれいな肌をしていたので、比べられて、すごく嫌な思いをしました。親戚の集まりに行くと、かわいそうな子ども…という顔で見られたり、言われたりして、すごく嫌でした。

     夏になると半袖を着るのがとても嫌でした。傷がたくさんできていたからです。そして乾燥肌なので、肌からいつも皮膚片がたくさん落ちていました。

    アトピーにも自分の人生にも悩んだ社会人としての毎日

     社会人になると、顔、首、腕などは症状がひどく、夏場は半袖を着るのは嫌でいつも長袖の衣類や腕カバーをもっていました。

     仕事はもともと、小さい頃にお世話になった看護師さんの影響で、看護師になりたいと思っていましたが、アトピーの自分がどうやってなるのか?考えたら、踏み込めませんでした。

     就活をするものの、全く手応えがない日々…アトピーにも自分の人生にも悩んでばかりいました。アトピーさえなければと思っていました。

     でも、とにかくアトピーだからとか言い訳にしていてはいけないと思い、仕事をしていました。そして、仕事も忙しく、病院に行く時間もなかったので、通院はほとんどせず、よほどの時しか受診していませんでした。

     一方で、そんなに重篤には見られないので、まわりからは普通の人と思われていました。でも仕事の制服は繊維が合わなかったのか赤くなったりして、辛かったのです。半袖の上にカーディガンを着たら違反などの規則があり、とても辛くて、理解を求めたこともありましたが、かえって白い目で見られることになってしまいました。ただ怠けているだけ、やる気がないだけ。そう思われていました。「態度が悪い」とおしかりを何度も受けました。

     鏡に映る自分を見て、ただきれいになりたい!本当にその思いと、いつかきれいになってドレスが着たいという夢もありました。

    (つづく)

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