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  • 2 0 2 1

    第599号

    体験記 アトピーになって良かった②

    大阪府 川内 宏志(39歳)

    初めての青春 そして社会へ

     高校を卒業してからは短大の通信教育を受けながら大学へ編入することを目指した。

     この頃、プロトピックという薬が開発された。確か平成11年に発売されたと思う。基本的に目のまわりにステロイドは使えないが、ステロイドでないため顔に使用することができるし、ステロイド並に効果のある薬だった。しかし、塗布部分がほてるという副作用もあった。大学時代はプロトピックやステロイドを使用して、比較的アトピーをコントロールすることができたので普通の大学生活を送ることができた。私にとって初めての青春だった。

     大学卒業後、就職して一人暮らしをすることになった。勤務先の工場では刺激の強い防錆油を使用しており、これにアレルギー反応を起こしたのか、アトピーが悪化した。顔を含む体全体にじんましんが出てきた。顔に赤外線を照射する治療をするため、忙しい合間をぬって通院する生活が始まった。

     最初はかゆみ止めの薬を飲んでいても仕事中にじんましんが出て、かゆくて仕事が手につかなかったが、だんだんと症状が改善された。

     20代後半には彼女もできた。アトピーは女性と付き合うには不利であるというコンプレックスを抱えていたが、それも受け入れてくれるなら、大した問題ではなかったのだと気付いた。

    人生の転機

     その後、結婚して子どもにも恵まれ、この頃になるとアトピーが悪化するということはなくなった。ある日勤務先の工場が突然移転することになった。会社は移転先に来られない人は辞めてくれてかまわないという態度。一生勤めあげようという気持ちだったのに、会社から必要とされない人材だと言われた気がした。

     通勤できる場所でないため仕方なく転職先を探すことになる。幸いにも転職先は見つかった。小さい会社だが経験を活かせる仕事だ。早く出世して、収入を上げたい。上を目指したい。その一心だった。

     その頃から、家族を含め自分も体調を崩すようになる。それがやっと治まった頃、急に眠れなくなった。不眠症になってしまったのだ。あれほど状態が良かったアトピーが悪化した。心もどんどん萎えていく。パニック障害みたいな発作も出るようになった。それでも、家族を養わなければならないという思いがますます自分を追い詰めた。

    人生は蒔いた種のとおり花が咲く

     このどん底から私が救われたきっかけは、中村天風という人の本との出逢いだ。この出逢いはこれまでの人生観を変えた。「人間は力の結晶だ」「何も起きない人生などない。何が起きても乗り越える力をすべて人間は生まれながらに与えられている」力強い言葉が私を変えていく。

     今までアトピーになって良かったなんて思えなかったが、「人生は蒔いた種のとおり花が咲く」という言葉を目にした時、私はアトピーになる種をまいていたのだと思った。なるべくして自分はそうなった。成長するために、さらにその経験を経て人の役に立つために、病は与えられた恵みなのだとさえ思うようになった。

     アトピーになって良かった。それでも生きてこられて良かった。

     私の経験がアトピーで苦しむ人の励みになるかはわからないが、少しでも参考にしてくれたらとても嬉しい。今ではアトピーや不眠の症状も気にならなくなった。

     むしろ、前より元気になった感すらある。そして、「人生80点あれば上出来かな」、「働く場所があって、帰ったらかわいい嫁さんと子どもがいる俺は幸せ者だな」なんて、今の自分がどれだけ恵まれているかということに気付くように、上を目指さず、下に根を張る生き方を心がけている。

     今年で40歳になる。平均寿命からしたら、ちょうど折り返し地点に着く頃だと思う。これから先何も起きない人生なんてありえないし、時代はコロナ禍の中だ。コロナが終息しても、生きている限り何かが起きるだろう。それでも、苦しみすら楽しむ気概をもって、勇気一番、正々堂々とこの人生を生きようと思っている。

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